六月に雨が

You should take your umbrella.

天花粉と金魚

 

今週のお題「夏アイテム」

 

和光堂 シッカロール 紙箱 140g

 

 

お祭りの日はお風呂上りに祖母の部屋へと走って行った。夏の夕方、まだ日も暮れていないのにいつもよりずっと早くお風呂に入って、それでも急く気持ちの収まらないまま「早く、早く」着付けて欲しくて飛ぶように行くと、すっかり準備して待っていた風なのに「そんなに急かんと」「汗ひいてから」ちゃんと拭けていないのか、もう汗をかいたのか自分でも分からないそれをタオルでもう一回押さえて、それでもまだ「あかん、あかん」浴衣に触ろうとして止められる。

 

本当は浴衣そのものより帯が好きなのだ。あのヒラヒラとピンクや赤の混じった、金魚のしっぽのような絞り染めの帯。浴衣の生地はなんだっただろう?サラサラで触り心地が少しポコポコとしていたような気がする。色は白地にそんなに派手ではない模様。金魚の柄の子もいたけれど、私はいいの、帯が金魚なんだからと思っていた。柄の金魚は泳がへんけど、背中の金魚はヒラヒラ泳ぐ。だから早く、早く。「金魚のん巻いて」

 

祖母は焦っている私ににやっと笑うと必ず天花粉を取り出して「まずこれや」と言うのだった。お婆ちゃん、なんでいつもうれしそうに天花粉出すのん?にやっと笑う意味が分からなかったのだ。焦ってるけど私は別に天花粉キライちゃうのに。従姉妹のマキちゃんは、赤ちゃんみたいや、とこの頃言って拒否するようになったけれど、私は好きだった。腕をあげてパタパタと祖母にされるがままはたかれる天花粉の、匂い、感触。

それはなんだか大きい従姉妹のみちよちゃんのしてるお化粧にどこか似ていると思っていた。

だから祖母の目を盗んでこっそり三面鏡の前で、澄ましたみちよちゃんが化粧している時の顔を真似して口をちょっとすぼめながら、鏡の中の自分を点検しているような顔をして、パタパタと自分の顔に、でもバレるとあかんからほんの少しだけ天花粉をはたいていたこともあった。

大人から見ればただの「顔にまで天花粉飛ばして、忙しない子」だったと思う。本人は秘かな大満足していたけれど。

汗がひくのを待って天花粉をハタハタされながら、だから、浴衣着せてもらった後、あれしたいな。お祭りやもん。顔に白いのしたいな。お神輿を担ぐ子、それから前に京都で見た子が塗ってたやん、白いの。「あれは普通の浴衣でするもん違う」祖母ににべもなく否定された。

なんとなくちょっと悔しかったけれど、まぁいいか今日はお祭りやもん。林檎飴買えるやろか?

 

 

あとはおままごとの玩具。夜店で売っているのはふつうのお店と違って、ままごとの野菜や道具がそれぞれ区切って分けられたのが、溢れそうなくらいイッパイに並べられていて、限られたお小遣いの中からスイカの切れてるん買うか、桃の切れてないん買うんか、大きな大きな決断が必要なのだった。それで長々とその夜店の前に座り込んでしまうので、静かに嫌がる父と行くのは嫌だったのだけれど、ある年には何を思ったか突然「冷蔵庫と流し台セットを買うてくれた」という凄いことをしてくれたので、今年もやっぱり期待して父と行ってしまうんだろうと思う。

そして最後に友達とする花火。小さくても線香花火が一番好きや。可愛らしいし危なない。前に近くの男の子が綺麗な花火が嬉しすぎて振り回してしまって、火が飛んだ私の浴衣が小さく焦げて難儀したから。怖ないし、それで綺麗なんがいい。

 

着替え終わった従姉妹のマキちゃんと、おそろいじゃないけれど同じような浴衣で並んでお父さんに写真を撮ってもらうと、やっぱり祭りのことでもう頭がいっぱいになってしまっている私の頭はブレーキが効かない、今度は下駄の音をカタカタ鳴らして「こけるなよ」父の声に背中向けたままうんうんと頭でうなずいて。一緒には来てはいないけれど、お婆ちゃんのはたいてくれた天花粉の匂いに、お婆ちゃんも一緒に来て「急いたらあかん、そない走らんと」と言われてるような気がしながら、それでもあのアセチレンランプというのか普通の明かりとは何かが違う夜店の明かり目指して、背中に金魚をひらめかせながら小さな歩幅で駆けて行くのだった。

 

 

 

子供の時には夏のアイテムだった天花粉。シッカロール、ベビーパウダーとも言うけれど私はやっぱり天花粉、てんかふ、と言ってしまう。自分の子供が出来た頃にはだけど「毛穴を塞ぐよ、逆にあせもできやすくなるよ」と言われてそうなの?とあまり使わなくなっていたけれど

でも自分はもう少し大きくなっても、使っていたなまだ。頬っぺたに「何か付いてるで」と一緒に出かける人にそっと指された、それは浴衣の前に汗ばみそうなところにはたいた天花粉で、今度は本当に気が急いて粉が飛んでいたんだ、黙っていようと思う前に「てんかふ…」口に出ていた。相手が一瞬わからないという顔からすぐに、元から丸い目が丸く、広がったのが忘れられない。もう何も言えなくなって「浴衣着たら熱いから、汗かくのいややから…」顔だけ倍熱くなりながら、心の中で言い訳を並べて歩いた夏の宵。

 

 

今年も祭の頃に、いつものようにこれから本格的な暑い夏が始まるなぁと思っていると、どこからか今はもう家にもない天花粉の匂いが、一瞬だけ匂ったような気がした。

天花粉を祖母にはたいてもらうこともなくなった頃には赤やピンクのヒラヒラも子供じみて思えたのか嫌いになって、子供は男の子だったからもう使うことのなかったあの帯は、女の子の出来たみすずちゃんの家にいったままなのかもしれない。帯だけあっても仕方ないけど、ヒラヒラ見たいなぁ。

今度祭りに行ったら代わりに本物の金魚を掬ってこようか。どんくさいから掬ったこともないけど、上手いこと掬えたら、夏の間中泳いでいるのを眺めていよう。赤いしっぽのヒラヒラ。