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六月に雨が

You should take your umbrella.

未刊行小説集

読んだ

 

未刊行小説集 (いとうせいこうレトロスペクティブ)

未刊行小説集 (いとうせいこうレトロスペクティブ)

 

私は整理整頓が大の苦手で、いっそのこと全部一気に捨ててしまおうと考える性格だった。 

 

捨てられないで本当によかった。

アンソロジーの為に書いたのが2本、CDのブックレットに書いたのが1本、あとは雑誌に掲載したまま忘れてしまっていたという作品群だけあって、内容に統一性があるわけではない。

 

SFバカ本に書いたという「江戸宙灼熱繰言」(えどのそらほのおのくりごと)は素晴らしくバカバカしい。はるか遠く縁もゆかりもなく思えるものを、こんなことに…呆れるほどにまとめているのはひゃあ、たしかに狂気の沙汰で緻密が怖いけれど、壮大なくだらなさがたまらない。

 

「インディジョーンズ」や「13日の金曜日」など、娯楽映画の主人公たちの奪われた内面をという「内面奪還ヒーローズ」も本当に面白いけれど、笑いながら困ってしまった。リー先生ごめんなさい、あなたの内面がもう…もうこれ以外の何ものでもないように思えて、笑い過ぎて泣いてしまったよ。

誰か続きを書いて欲しいと作者も書いているけれど、ほんとにこれもっと読みたい。

 

 

そんな幾つかの短編の後が「歌を忘れたカナリアに」

この本の約半分を占めている不思議な話のとっかかり、スペインはマドリードの教会で出会う男と女。彼らを結びつけるものは日本の歌謡曲。その歌詞がどうしても思い出せなくて…というきっかけなもので、場面が変わったタブラオで頭の中に思わず勝手に「抱きしめてTONIGHT」が流れ出したのだけれど、残念ながら外れでした。

でもやっぱりそんな俗っぽいような歌謡曲に、導かれるようにこの話に入り込んでいくうち、歌が物語になり、記憶を巡る旅になり…異国の迷路に気持ちも迷い込んでいく。

この人のことを覚えていたい

語り手の言葉だけれど、その一言の切実さは他の人の声でもあるように思えて、この物語に胸を打たれた。

 

 

最後の一篇はほんとに短い。どちらかというと猫好きだけれど、たまらなく犬に会いたくなった。抱きしめたことのある、犬の息遣い、柔らかい身体の感触が甦って。

 

 

ある日の早朝、リードを長々と引きずったまま脱走してきて、そのリードがうちの車の周りで遊んでいるうちにタイヤに引っかかったらしかった犬。外すのに、犬が動かないように抑えようとしゃがむと「待ってました」とばかりに立ち上がった前足を私の肩に乗せて、抱きついてくるように「ハッハッハウ…」物凄く積極的で懐っこかったあの犬は元気かな?また会いたい。

(探しに来ていた飼い主さんにその後無事引き渡せました。)

 

 

 

考えてみれば不思議な作家で「ノーライフキング」から立て続けのようにおもしろい本を出し、パタっと止めてしまったのかと思っていたらまた帰ってきた。

虚構が書けないと失望していた、というのも本当なんだろうと思う。でもまとめなかっただけで書いてはいたという小説たちは、虚構の中から虚構を超えて響いてくるもの、以前や以後に繋がっているものを感じ
一人の作家なんだから当たり前なんだけど、失われたと思っていたら失われていなかった!そういうものを発見したかのような喜びもあるのかもしれない。自分が発見したわけではないけれども。

 

この本に納められた短編たちが、何で危うく捨てられそうになって、その後こうして一冊の本にまとめられることになったかも、著者のあとがき「思い出すこと」に出てくるのですが、やっぱり本当に捨てられてなくてよかったなぁ。帰ってきてくれてよかったなぁと思った。

 

 

これを読んだ後に「鼻に挟み撃ち 他三編」を読んで、音 色 触感 言葉 光 闇…五感を刺激され、解体され、組みなおされていくようで、確かに繋がっているのを感じながら、猛烈なスピードで今に連れて来られ、物語の中へ、外へ、過去へ…クラクラして、めまいがしてくるようで、どんどんクールダウンして醒めてくる。言葉だけで綴られているものの力、その力はおそろしく使いようであることも感じた読書体験でした。

いとうせいこうがこの「鼻に挟み撃ち」で二代目を襲名したという後藤明生もいつか読もうと思う。

 

鼻に挟み撃ち 他三編

鼻に挟み撃ち 他三編

 

 

 

挾み撃ち (講談社文芸文庫)

挾み撃ち (講談社文芸文庫)

 

 

 

 

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