六月に雨が

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桃さんのしあわせ

 

 

桃さんのしあわせ [DVD]

桃さんのしあわせ [DVD]

 

 

長年メイドとして仕えてきた桃さんと雇い主家族との絆を描いた、愛情あふれる人間ドラマ。脳卒中で倒れ、老人ホームに入居した桃さん。それを機に、ロジャーは彼女がかけがえのない存在だったことに気付く。

原題:桃姐 2011年

監督:アン・ホイ(許鞍華)

出演:ディニー・イップ(葉德嫻)アンディ・ラウ(劉德華)

 

愛情も感じる”人間ドラマ”だけれど、殊更に感情的な撮り方をしていない。タオさんが入居する老人ホームの光景は一見「どこがしあわせなの?」と思うかもしれない。

 

映画プロデューサーのロジャーが大陸での仕事を終え香港のマンションに帰宅すると、ノックをしても返事がないことから異変に気付く。

一人部屋で倒れていたタオさんは、運ばれた病院で意識を取り戻し自分の身体の状態を知ると「お母さんに電話して」とロジャーに告げる。「メイドを辞めるから。」と。

誰か付き添ってくれる人を雇おう、それがイヤなら費用を…と言っても受け入れず、自分で払える老人ホームに入居すると、淡々と、けれど頑なに言うタオさんの為に、ロジャーは入居先を探しに奔走することになる。

 

映画プロデューサーが主にどういう仕事をするのか、コミカルなようでシビアに描かれているけれど、ようは「いかに資金を集め管理するか」映画に関わるお金のことが重要な仕事。

慣れないこととはいえ老人ホームを尋ねて行き、費用について適当にあしらおうとする相手にはだからビシッと「帳簿はどうなってる?」と切り出すロジャー。

ところがそこで出てきた老板(社長)は旧知の人物で…

俳優だったらしいその男・バッタ(黄秋生)とのやりとりは、「また三国志撮ってるのか」と映画界の裏話でもあり、ちょっとうさんくさいような「彼女に経営させていてまぁまぁだよ」というような話は、香港の老人ホーム経営の状態のようでもある。

 

ともあれそうしてようやく見つけた、タオさんが入居する老人ホーム。

街中のビルの一階、道路に面したロビーから入るとすぐに、狭い廊下、カーテンや薄い板で仕切られただけの簡素な部屋が並んでいる光景は、なんだか一昔前の病院のようにも見える。

タオさんの終の棲家であるかもしれない一室も、簡素なベッドと机と棚があるだけの、やはり病院の四人部屋の中の一人分程度のスペースしかない。

夕食よ、と言われて食堂に行くと、そこはさすがに賑わっているものの、他の老人を居丈高に叱っている老人、他人の入れ歯を誤って使ったと頭を叩かれている老人に、叱られて子供のように泣き出す老人、…と見ているだけで、タオさんの自然と強張った表情も理解できるような気がしてくる。

 

あれこれ要るものはないかと聞かれ、何も要らないといつも通り慎ましく言いながらも、他の入居者に息子なの?と聞かれたタオさんの一瞬の表情に思わず「義理の息子」と名乗ったロジャーに、見ているこちらの顔までほころんでしまった。

 

慣れない所、見慣れない人たちに、驚いてしまっているということと、自分もこの人達の仲間なのか…という思いもタオさんの中にあったんじゃないかなと思うんだけれど

 

そのうちリハビリに頑張った甲斐があって身体も動き出せば、他の入居者たちとコミュニケーションもとり、それぞれの事情や状態を知って、少しずつ出来ることを手助けしあったりと馴染んでいくタオさん。

会いに来るロジャーと公園に散歩に行き、花が咲いたように可愛らしい笑顔も見せるようになる。

 

どうして結婚しなかった?親父が好きだったの?
まさか。あなたこそどうして一人でいるの?いい人を見つけなきゃ。

なんてことのないありふれた会話だけれど、その様子は本当に仲の良い親子、あるいは心の通いあった旧友のよう。

 

映画の冒頭、タオさんの作った料理を黙々と食べていた姿だけでなく、移住先のアメリカから帰ってきた実の母にも「うん、しか言わない」と言われていたロジャー。

 

最初にホームを探していた時「親の為じゃなく、メイドの為?お前、いいやつだな」と言われていたけれど、いい人と言えば確かにそうだけれど、タオさんの少女のような笑顔もそれはしあわせそうだけれど、そのタオさんの大切さに気付いたロジャーの顔もどんどん生きいきとして、とてもしあわせな時間を過ごしているように見えた。

 

無くしてから気づくとよく言うけれど、生まれた時から居た、居て当たり前の存在だったタオさん。

家族はみな海外に移住し一人での暮らし。だけど、仕事から帰れば必ずタオさんがいて、ロジャーの健康を気遣い美味しいご飯を作り、身の周りの世話をし…今に始まったことではなく、赤ん坊のロジャーと写真に写っているのも、学生時代の仲間と集まって「みんなでいつも食べていた料理」と話すのもタオさんのことで…

どれだけの時間、出来事、人生を共有してきた人なのか。

 

タオさんのしあわせ、というタイトルだけれど、タオさんの存在に気付くことの出来たロジャーのしあわせが、表情から行動から伝わってくる。

 

ロジャーの為にと新しいメイドの面接をしていて「あなたの雇い主は王様なの?!」呆れられるほど真面目に懸命に尽くしてきた日々。それは仕事でもあるけれど、ロジャーの姉・シャロンが「今でも腹が立つ」というほどロジャーを特別に大切にしてきたタオさんと、ようやく交し合える好意。 

 

タオさんにとってはロジャーの存在も大きいけれど、ホームで自分のことは自分で、余裕があれば他人の為にもと出来るだけのことをしている生活は、もしかすると、どこにいるかより大切なことで、そうして線を引いているからロジャーの好意も自然と、素直に受け入れられたのかもしれない。

 

ロジャーがプロデュースした映画の上映会の帰り道、寄り添うようにして帰る二人の姿は、タオさんとロジャーの過ごしてきた時間のしあわせな結果に思え、だから静かに暖かかった。

 

今の残されたこの時間を惜しむように大切にしようとするロジャーが、だんだんとせつなくなってくるけれど、それでも二人が食卓を共にし、笑いあえた時間があってよかったとやっぱり思う。 

 

 

映画プロデューサーとはいえ、別に華やかでもないごく普通の人を演じるアンディ・ラウ 。そりゃエアコン修理の人に間違えられる服装をしていたってカッコいい、ハンサムなんだけど。

ただ余分な装飾が本当にない、丁寧にそれぞれの人生を生きる人々を映していく映画の中、最初の愛想もへったくれもない顔から少しずつ変わっていく姿が、細やかな表情が、本当によかった。

そのアンディが昔から映画界のお母さんのよう、と言っていたディニー・イップのタオさんも、歌手や女優としての華やかな姿を知らない人にはそのままこんなお婆さんに見えるかもしれない。

老人ホームの人々もそれぞれに印象的だけれど、親切で粋なお爺さんかと思いきや…ベテラン俳優チョン・プイ(秦沛)の演じていたキンさんの、ちょっと困ったお爺さんの人間味のある姿、タオさんとの交流もしみじみ。

その他、ツイ・ハーク(徐克)やサモ・ハン・キンポー(洪金寶)にロー・ラン(羅蘭)などカメオ出演も豪華な顔ぶれだけれど、どの人もなんとなく、この映画に出ていることが楽しそうに見えるのもよかった。

 

家族が海外へ移住していたり、普通の一般家庭でもいるのはごく当たり前のことだったというメイドさんの姿を中心に描いているのは、時代につれて移り変わってきた、今も移り変わりゆく香港の一つの時代を映している映画でもあるのかもしれない。

多くの賞を受賞している映画だけれど、華やかでもなく、苦しくなるような場面も描かれている、人の孤独ややるせなさ、どうしようもないことの重さも感じるけれど、判断や答えを出すのではなく、同じように距離を置いて淡々と、丁寧に撮っていくようなアン・ホイ監督らしい、それがとてもいい形に実った映画でもあるような気がする。

今年76歳になるアン・ホイ監督だから映せた、一人の女性のささやかな人生と、誰にも避けることのできない生病老死という人の一生に起こること。

 

社会の成り立ちから文化も違う場所の映画でもあるし、立場人によって受け取り方も違ってくるかもしれないけれど、予告はちょっとわかりやすいように(しょうがないんだろうと思いますが)なっている気がするけれど、一時の感動ではなく何度も見てその時々で色々なことを思うんじゃないかと思う。

 

 

 

 

この映画のモデルとなった、インタビューで「そんな感動的って話じゃないんだよ」なんて話していた本物のロジャーこと李恩霖さんも”ロジャーの旧友の役”でジム・チム(詹瑞文)おじさんたちと共にチラッと出演しています。この人たちが学友…と思うとちょっと不思議だけれど、それほど違和感はなかったような気がする。

 

 

 

 

 

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