六月に雨が

You should take your umbrella.

恋する惑星

 

 

 

恋する惑星

恋する惑星

 

 

警官663号と空中小姐(フライトアテンダント)の彼女、行きつけの飲食店の店員の恋模様…
ストーリーらしいストーリー、というならそれだけの話だけれど、警官の部屋、街スレスレに飛行機が飛んでいた頃の香港の町の風景に
警官に秘かに恋心を抱くフェイの、去り行く彼女に「返しておいて」と部屋のキーを預かって動き始める遠回りな恋の行方…

 

 

 

 

恋する惑星 Faye Wong フェイ・ウォン 夢中人 - YouTube

 

何をやってるんだ?と言われたら、まぁ…ストーカー?住居不法侵入ではあるフェイの行動…

警官の部屋の彼女の残り香のような思い出の品を、少しずつ、少しずつ、気づかれないよう用心しながら自分好みのものと入れ替えていくフェイの姿は

正面から向きあうことを恐れ、恋に恋する少女の空想、白昼夢のようであり、恋の心模様をそのまま映像にしたようにも思える。

 

入りたい心にまだ別の人の面影が残っていたら…そりゃ自然に入れ替わるべきことなんでしょうけれど

この警官ときたら、彼女が去って、共に使っていただろう生活用品などにあれこれ一人で話しかけているものの、それらがいつの間にやらフェイの手によって入れ替わっていても、なっかなか気付きもしないような、見かけに寄らずニブイというか…ぼんやりさんな男。

 

ただ映画の見かけはポップでも、人は人の心は見ず(見えず)、自分の心だけを見ているという、ウォン・カーウァイらしいと言えば言える登場人物のような気もするのだけれど

 

ともかく石鹸やぬいぐるみを相手に一人話し続ける男トニー・レオンの、振り返るだけでドキっとさせる目の際立つ警官の制服姿と、僕だって普通の男の子なんだよ…と言わんばかりの私服時の茫洋ぶりのギャップときたらもう

魅力的ったらないんだけれど、近寄りがたいナイーブなムードも醸し出し、互いの心の周りを周回しているようなじれったい恋も、フェイの自然体とあいまって納得してしまう。

 

 

フェイはとてもいい歌手、と言っていたウォン・カーウァイのたぶんイメージそのままなんだろうなと思う、それは見ているほうにとってもそうで、もう映画が好きなんだか、フェイに夢中なんだか、わからなくなりそうだけれど

ブラブラと振り回しているような長い手足と、自分自身もちょっと持て余しているような、個性的でちょっと風変わりな北京から来た女の子。

シンガーソングライターではなくシンガーだけれど、独自の感覚を音楽にも表し感じさせるフェイと、台本はなくその日書いた台詞を書いた紙を渡すだけ、準備も出来ず監督の求めているものがわからずで、俳優によってはやりにくい、まるでフリーのセッションのようだと言われる映画の撮り方にぴたりとハマって、1+1は2以上のものになったのかもしれない。

 

 

ストーリーの無いストーリー、と以前書かれているのを読んで、その通りだなぁと思ったのを覚えているのだけれど

もう一人の主人公トニー・レオンのインタビューで、どうして無口になったのかって?と、子供の頃の孤独だったという話も、今はもう過ぎたことだからと、殊更当時の感情を訴えるわけでもなく、淡々と話していたけれど、そんな風に通り過ぎた感情や

とりとめのないような、特に人に話すこともないけれど、しまってあるというほどでもなく心の中に置いたままあるような、誰の心にも起こっていたり、あるのかもしれないものを
ストーリーなんかよりずっと、フィルムに残しておきたいんじゃないかという気がするウォン・カーウァイという監督の映画を、こういう人だからこそ、誰よりも理解出来、長年一緒にやり続けているんじゃないかなという気がした。

 

 

 

何か忘れていませんか?という声がしたような気がするけれど、本編中ではすれ違うだけ、交わらず、関わり合うこともないもう一つのストーリーがこの映画にはあって、そちらもけれどストーリーと言えないようなストーリー。

警官223号の失恋と、謎めいた犯罪者らしき女との出会いと一夜。

こちらでは裏返しのように、若い新人とベテランの俳優の組み合わせが入れ替わり、まだ台湾のアイドルだった初々しい金城武と、台湾では少女時代から文芸映画で活躍し香港映画では「東方不敗」など男装の麗人役が大当たりでハマリ役になった、中華圏を代表する伝説級の女神女優ブリジット・リン。

たぶんこの映画と同時期・同監督の「楽園の瑕」の後じきに結婚し表舞台からは去ったので、現代ものではこれが実質最後の映画になった(今のところは)と言っていい作品。

なのにその美しい顔はろくに見せてもくれない。

登場からずっと、あの個性的なアゴの他は、金髪のカツラとサングラスに隠されていて、知らないとあの絶世の美貌に気付くことも出来ないのか、あぁなんてもったいない…と思うものの

ブリジットの演じる女のギリギリまで追い詰められて牙をむくような、強さと弱さ…自棄のように見知らぬ男と酔っ払い、前後不覚、爆睡している姿といい、普段はついその美しさに目がいって見逃してしまっているような魅力を、いつの間にか堪能していた。

 

デタラメではぜんぜんないけどどこか微妙な日本語といい、どこかフェイと同じく異邦人めいた匂いを漂わす、警官223号・金城武の野放図な魅力。

こちらはちっとも警官らしくはないけれど、自由で、楽しそうで、だけど自由であることの不自由さを思ってしまうせつなさ、存在感は
この映画の兄弟編といえる「天使の涙」とあわせて見ると、心を掻き立てるような彼の光と影がより感じられるような気がする。

 

 

もともとはこの映画の3つ目のエピソードになる予定だったという「天使の涙」がすれ違うせつなさ、置き去りにされていくやるせなさを濃厚に感じるなら、「恋する惑星」は明るい、雨の後にも昇る陽のように希望の感じられる映画。

 

 

「はじまったからといってそれがどうなるかなんて誰にもわからない」と言いだしそうな監督(イメージです。)が、その希望ある終わりを「キレイすぎる」と後に言った、というのはわからないでもないけれど、でも先がどうなるにせよ、旅立ちとか、始まるという時の明るい気分も、悪くないんじゃないかなと思います。

 

 

だからやっぱり劇中歌として流れる California Dreaming 夢のカリフォルニアもいいけれど

夢の中の人 見知らぬ人 どうやって心の中に入ってきて この高まりを作り上げたの

どうして突然私を襲撃して 夢の中に入ってきて 震撼させるの

っていうようなことを歌ってる、驚かされるのは警官のほうだけれど、それは彼がフェイの夢かあるいは心の中に衝撃的に現れたから…そんなややこしくもいじらしい歌

クランベリーズのカヴァー曲だけれど、フェイの高音が空中を飛ぶような浮遊感の「夢中人」のほうが真っ先に思い出されてしまう。

 

 

 

まるでMTVのような映画、という言われ方もしていたけれど、カーウァイの撮ったMVは、何がなんだか、もうよく見たって映画より更にわからなかったよ…

音楽は登場人物のであり、見ている観客の心のリズムでもあり…
カーウァイ映画の音楽は、皆当たり前にBGMを持ち歩くようになって以降の、その時流れる音楽という感じが、そういう意味で計算されているとしたって感覚的にもぴったりくるんじゃないかなと思うのだけれど。

 

 

 

ああなってこうなって、で?っていうのを求めるむきには合わないのかな、とは思います。

なんていうか、何がいつ始まってどこでどうなって…って起承転結がハッキリしてることばかりじゃないじゃない?時に曖昧な、通り過ぎていく、人と人との間であったり心の動きだったりを、切り取っているような映画なんじゃないかなと。

ある日、今も、どこかで起こったりしているのかなと思うような出来事。

 

 

「傷だらけの男たち」という邦題の、武ちゃんと久々の共演の映画の時インタビューでトニー・レオンが、もう僕の知っている香港は僕の心の中だけにあります…みたいな話をしていたけれど、この映画にも少しは残されているんじゃないかなと

その時代や場所も、切り取られたようにフィルムに焼き付けられているのも、映画というものの魅力の一つなんじゃないのかなと思います。

 

 

 

 

中田圭 (@keinakata) | Twitter

 

 

なんでまた今頃…かというと今年はこういうことでよく見かけてそうかァと思って、で何度も頭の中で「ジャカジャーン」と音楽が鳴り響いてはまた見てしまっていたの。まったく光陰矢の…だけどそうやって、あの湿度をたっぷり含んだような空気ごと、切り取られ、フィルムの中に封じ込められたような時間そのものは、少しも色褪せたりしていなくて、いつだって安心してご覧になればいいと思う映画。

 

 

恋する惑星 [DVD]

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原題:重慶森林 1994 香港

監督:ウォン・カーウァイ王家衛

出演:フェイ・ウォン王菲) トニー・レオン梁朝偉) ブリジット・リン(林青霞)  金城武

 

 

 

淀川長治が映画コラムで「モダン」と表現していたのもピッタリだと思った。

アクションや陽気さも香港映画の一つの顔なら、西洋と東洋の行き交う港町・香港の国際的な気風や文化、上海から多く移ってきたという音楽や映画も混ざり合い、独自に花開いていったという香港モダンというまたもう一つの貌も、残されてほのかに香っている気がする。