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六月に雨が

You should take your umbrella.

The snow melted little

 

 

 

 

 

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 雪は少しずつ融けはじめているけれど、まだ随分残っている。

公園の入り口の辺りを見て入れそうかなと思ったけれど、池に渡る橋も雪が積もっていて、この季節、天気に、池に落ちるリスクを考えると、とても奥までは入れず。

それにしても池の少なくとも表面は凍っているように見えたけれど、中に居たはずの鯉たちは何処へ行ったんだろう?どこかへ移動しているのか、とも思ったけれど、訊ねるはおろか私たちしか人は誰も、本当に人っ子一人居なかったのだけれど

霙か冷たい雨の降る中わざわざ公園に来る人なんてそうそうはいない、そりゃそうだろうなぁ、となんとなく納得。

自分達だって「そういえば池はどうなってるんだろうね?」とふいに思って、出かけるついでに寄り道してみただけだったので、お正月より雪は減ったけれど、より冷えるような気のする気温の中、この後十日えびすの、一日送れなので「残り福」を授かりにひた走ったのだった。

 

えびすさんは、西宮のえびす大社が有名だけれど、うちが行くのは近くにある、分院というのだろうか?とにかくそういうこちらの恵比寿神社

関西ではえべっさんと親しみを込めて呼ぶくらい馴染みのある祭りの一つだけれど、やっぱり関西のほうが盛んな行事なんだろうか?

こちらではただただ静々と粛々と儀式がありお参りし、笹などを買うだけで、夜店の賑わいなどはない。

 

ただ関西でも西宮の賑わいと京都での恵比寿神社の賑わいとはまた違っていて、京都で恵比寿さんの宵に並ぶ夜店はそのほとんどが飴の店というのもおもしろかった。

なぜ飴なんだろう?昔聴いたこともあったような気もしたけれど忘れてしまった…

ただえべっさんに飴を売るのは京都だけでなく、和歌山では「のし飴」というまた独特の飴があり、これは飴とはいえただの売り物と違うのは、えべっさんに購入しにいく「縁起物」なのだった。

だからズラリと並んだ夜店のほとんどはこの「のし飴」を売っている、というより「のし飴」しか売っていない店がほとんど。

何処の店もそれぞれ手持ちサイズのものから到底何十人でも食べきれないような巨大なものまで、つまり笹飾りやなんかのように、大きさも様々なものがそれなりの縁起代ふくめたような値段で売られていて、みなそれぞれの目的に合わせて買っては、商売などしている人なら店などに飾るのだった。

だから最も大きいサイズのものなど数万円していたのではなかったかしら。

たかが飴、ととても言えない値段だけれど、縁起物なのだからやむなし。

 

一体どんな飴なんだ?というと、これがおめでたく縁起の良さそうな紅白のねじり模様に、上と下がちょうど傘の持ち手か何かのようにそれぞれ曲がっていて、その姿がちょうどひらがなで「のし」と縦に続けて書いた字のように見えるので「のし飴」

それだけのものなのだけれど、その同じ飴がサイズも様々に、ズラーっと並んでいる様は、買う気はなくても見て「わー」と心が弾むような飴で、自分は一番小さい手持ちサイズのものを買ってもらったのを握り締めながら、あちこち店を覗いては「わー」「えらい大きいなぁ」

そんな風にそぞろ歩いては、お参りするのがえべっさんの夜だった。

ところが関西はもちろん、他のどこの出身者に聞いてみても、そんなもの、見たこともなければ聞いたこともないという。

京都では飴こそ並んでいたけれど、そのどれも「のし飴」とは縁も縁もなさそうな、ごく普通の金太郎さんや昔ながらの飴なのだった。

そうかあれは和歌山だけのものだったのか、と大きくなって感じるカルチャーギャップの一つとなったのだけれど

あれは今ではどうなったんだろう?今もあるものなんだろうか?

随分長く行ったこともない、この先行くこともないだろうから、永遠に分らないのかもしれないけれど

特に何か変わった味だとか、特別美味しかったという記憶もない、きっと一年に一度、その夜にしか食べられないということが、飴の記憶をここまで残しているんだろうなと思うんだけれど、毎年えべっさんの季節になると心のどこかで「のし飴…」と正直えべっさんそのものより「のし飴」のことのほうを思ってしまっている。

 

えべっさんの写真は、神様に直接カメラ向けるのは抵抗あるので、周りの雰囲気くらいのものだけれど、整理してから、また今度になるけれど

とりあえず、今年もえびす顔でおれますように、福福とした世の中でありますようにとお願いしてきた。

笑門来福と申しますし、みなさんも今年もよう笑うて、福を多いにお迎えくださいまし。

 

 

 

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