奪命金
ネタはバラしてない、と思いますが結末は言っている。ので知らないまま見たい方は読まないほうがいいかと思われます。
原題: 奪命金
監督:ジョニー・トー(杜琪峰)2011年 香港
出演:ラウ・チンワン(劉青雲) デニス・ホー(何韻詩) リッチー・レン(任賢齊) ロー・ホイパン(盧海鵬) 等等
内容紹介
香港ノワールの巨匠ジョニー・トー監督による経済金融サスペンススリラーの傑作内容(「キネマ旬報社」データベースより)
香港を舞台に、ジョニー・トー監督が描く経済金融サスペンススリラー。妻から新しいマンションの購入をせっつかれるチョン警部補と、ハイリスク商品を中年女性に売り付けてしまった銀行員・テレサ。だが、ギリシャ債務危機で金融資産は突然下落し…。
みんな大好きジョニー・トー映画、とはいえここでは男同士の粋な友情だの、スタイリッシュな銃撃戦といったものは一切出てきません。
今作は、世界中が大きく揺れた金融危機に翻弄される香港の人々の姿が、銀行員のテレサ(デニス・ホー)、ヤクザのパンサー(ラウ・チンワン)そして警察官のチョン警部補(リッチー・レン)の3人を中心に描かれていくのだけれど…
最初に見た時は、もうなんだろね。胃が痛くなる…バッドエンドというのじゃないのに、何だこの後味の悪さは…スリとは正反対のむむむむむ…
正直感想どころじゃない、ハァ~…と嘆息するしかない映画だったのだけれど
でも今は早いのね、もうCSでも放送していたものだからやっぱりまた見ちゃったら、やっぱり何ともやるせないやりきれない映画ではあるのだけれど
その感情と痛みこそが、よく出来た映画なのかもしれない。
銀行員のテレサは成績が上がらず、電話でセールスしても話も聞いてもらえない毎日。上司は会議の席でハイリスク商品である投資信託「一攫千金」を一人一人にノルマを課して売り上げるよう指示を出すのだが
テレサもハイリスクであることを承知でやっと話を聞いてくれた素直なおばさんに商品を勧めると、何があろうとすべては顧客の自己責任と証拠の為の録音まで取り売りつける。
しかし、チャンスなのか、それとも転落の始まりなのか…
金融危機と時期を同じくして、テレサの顧客である金貸しの男(ロー・ホイパン)が銀行の駐車場で何者かに襲撃を受け殺害され、男が下ろしたばかりの現金も現場から消える。
偶然が重なって起こった出来事に、彼女は咄嗟の判断で思わぬ行動に出るのだけれど…
笑うとあんなに可愛いデニスが、この映画では終始強張った表情で、事件が起こるまでもなく怯え、疲れきっているように見えるのが印象的。
ヤクザのパンサーはヤクザとはいえ肩掛けカバンをいつも身につけやたらと瞬きをしながら、アニキ分の保釈金集めにと奔走する男。
どこへ行っても強く出たり脅したりすかしたりの手は使わないかわり、ただただよくまわる口と引くことは絶対にない粘り腰で迫っては、金を出してもらうまで諦めず、何とか金は手にしても「二度と来ないでくれ」と言われる。ある意味タフというか…
この人が来たらほんとにイヤだな…とラウチンが大好きなのに思っちゃう。
そうしてイヤになるほどのしつこさでかき集めた金でアニキをやっと保釈させた…と思ったとたんにまた逮捕され、また保釈金が必要に…というスラップスティックのような展開に
もういい加減にしてくれと子分たちも逃げ出す中、それでも一人黙々と心当たりを金策に駆け回る姿は、もう何と言ったらいいのか…
一見作中で最もコミカルな登場人物のようで、空回りの熱演などは笑える、可笑しいのだけど、義理堅いとかそういう話かな?と首をひねりたくなる、わかりやすいようでつかみどころがないような怖さがジワジワ。どこか異様。
そんなパンサーに昔馴染みの友人が今では株の売買で景気がよいんだと、アニキの保釈手続きまでしてくれたうえに、仕事まで紹介してくれるのだけれど、そこで起こる経済危機に追い詰められる男にパンサーも共に巻き込まれていく…
窮地に陥ったパンサーたちが当てにする金貸し、それがテレサの銀行に金を引き出しに行き銀行の駐車場で殺害されたことから、テレサをはじめ人々の運命も転がり始める。
この映画は三人の人物が出会ってそして…というような映画ではなく、事件を軸にそれぞれにほんの少し関わりあったりする程度。
ということで、やはりそれぞれが関わりのある銀行での襲撃殺害事件の捜査に訪れるチョン警部補(リッチー・レン)
比較的サラッと描かれているこの警部補も病気の父がいるうえに兄弟の残した子だという子供が現れ、妻は「今買わないと値段が上がって買えなくなる。」マンションを買うことに必死で…と彼もまた問題を抱えていたが
そんな問題から目を逸らすかのように仕事に追われてばかりいる夫にはもう任せておけないと妻はついに一人でマンション購入を決断
ローンを銀行から借りるのだがそこに金融危機が起こり
そのうえ別の事件の現場で夫であるチョン警部補が、ガスボンベを抱えた老人と共にエレベーターに閉じ込められてしまったをことを知る…
それぞれが救われる為に必要だったはずの金が命を奪う危険なものとなり
ギリギリと追い詰められていく状況に気を揉ませるのだけれど…
結果として彼らはそれぞれの危機を、辛くも乗り越える。
よかった…というのになんだろう?このやるせなさ、空しさは…
見終わって心にひゅーるりーと風が吹き抜けていくような映画であった。
どうにかこうにか切り抜けることが出来た、でも彼らの今後は?
そりゃあ先の保証なんて、誰にもどこにもありゃしないのだけれど
今回はたまたま運良く生き延びることが出来た彼らの、ほんの少し先も見通すことのできないような不安感。
十分にハラハラとさせた後にほっととりあえずの一息はつかせてくれるものの、それでもこの世界ではちょっと風が吹けば吹き飛ばされ、クルクルと風に舞う紙のように翻弄される…誰もがまるで紙幣一枚より軽いかのよう。
撮りたくて自分の趣味で時間をかけて作り上げた映画だとどこかで読んだけれど、昔なら迸っていたような過剰さ、登場人物への容赦ない過酷さ等もしっかりと抑えられ、ただただ経済と金融に翻弄される人々の姿がじわじわと描かれている。
そして登場人物たちに救いはあった、あったのになぁ…
彼らのこれからがどうなるのかわかりませんが、それでもまるで綱渡りのような危うさを抱えたまま生きていくんだろうと、
そしてそれは見ているこちらだって大差ない。
そんな思いの残る映画は、経済金融がテーマのクライムサスペンスとしてはだからよく出来ているのだろう。
嫌な映画ではない。
悲惨な救いのない結末ではぜんぜんなかったのに、あんまりもう一度見たい映画という気はしなかった。
でもこの嫌な感じこそこの映画の伝えたかったことのような気もする、それはいやというほど感じられたのだから
ふつうに良かった映画、かなと思いましただよ。
大好きなラウチンとデニスに、けっこう好きだリッチー・レンと、そんな3人が主演の映画だというのにちっともまったく胸躍らない映画でもあるのだけれども。
「金が仇の世の中で…」ってブルースでも最後に流して欲しいような…
今週のお題「ふつうに良かった映画」
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