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六月に雨が

You should take your umbrella.

「感想をブログで書いてもらえると喜びますグループ」から読みました。

 

 

こちらの記事を拝見しまして


なぜ、感想をブログで書いてもらえると喜びますグループは廃れたんだろう? - いずれも。

 

ああと思って、こー (id:koh0605) さんが書いていらっしゃるように

 

全然活用してないくせに勝手に廃れたとか言うな!と怒られそうだけど

 

ほんとにその通りなんですけど、ほんとにそうだなぁって思った同じ理由の他にも、こーさんの記事を読んで気がつかせてもらった自分の活用出来ていない理由と、ちょっと一回活用させていただきます、ということを書きたいと思います。

 

 

「感想をブログで書いてもらえると喜びます」というはてなグループに私も参加しているんですけど、

そうなんですよ、喜ぶんですよ。なんかそこにあるものを感じてもらえたり、逆に自分で思ってもみなかったことを言ってもらったら新鮮な視点にだったり、自分で思いもつかないことだとあら~って、読んでくれた人の深さに感動したり、ほんと喜ぶなーって、先日から他のことでも感想いただいたりして思ってたんです、思ってたんですけど

なのに人のはなんで書けない、書かないままでいるかというと
やっぱり人様のブログの記事に感想書くのって、自分がバカって怒られるより何より、失礼がないかしら心配してしまうとか。
あの私ね、あのガラス製品がいっぱい並んでる店ってあるでしょう?ガラス細工の体験できたりも出来るショップというの?小樽だとか、長野かどっかで行った覚えがありますが
細々した可愛らしいのからけっこうなゴージャスなものまで、ああいうお店ってしょうがなく入ったけど、ほんとはあんまり入れないんですけど
なぜかっていうと
なんかもうちょっと動いただけで将棋倒しのように店中の様々に繊細な品々をガチャン!ガチャン!ガチャン!!って
すべて落として破壊してしまうんじゃないか?って強迫観念に近いものがありまして
今まで一度もしたことないですけどイメージとして。
自分のがさつさを信用しちゃっているので、だから人様でも同じに
なんか繊細なところへ踏み込んで粉々にしちゃったらどうしよう…という恐怖が凄い。

少しずつそれでもがさつに気をつけて踏み入っていこうとして、言及いただいたり創作物とかには感想も書かせてもらってきたんですけど、

あとは何かを感じて凄い考えてた、考えてるんですけど、ブログだからまた次の記事が出て
もう何か過去の感じになっちゃった…っていう、私のトロさが致命傷の時とか。

 

色々あるんですが、もう一つ大きな理由というか

感想が出ないって、すごい感じたんですけど、もうそこに全部書いてあるから、何も自分が言うことがない、っていうこともあります。

 

でもただ読んだ、よかった、っていうだけじゃなくて、っていうことの説明をすると、

私がいつも読んでて「もうここに全部書いてあるな」って思う一人がズイショさんです。
それでズイショさんの記事って、ライフハック、って言わないかもしれないけどよっぽどライフをハックだというか
読んで色々思ったり感じた、薄っすら、ボンヤリと自分の中に漂ってたことが明晰になった、考えた、

そういう読んで得たよ、あるいは自分なりに同意しましたということのアウトプット的なことって、生きてて、したり、考えたり、人と接したり…そういうことに関わってる部分な気がするんですよ。
だから、あこれハッキリしたって思った事を自分の中にもう一回取り入れて生きていっていたり、生きてることの中に使わせてもらってるとかもらいたいと思ってる。

そういうブログ、書いている人の一人なんですね。私にとっては。

 

字が隙もなくいっぱい書いてあるからじゃないですよ。念のため。


最初はビックリした、うわあってなって、でも落ち着いてゆっくりちゃんと読んだらちゃんとわかる(と思ってるんですが)ようになってる。

全部が全部じゃないですけれどね。

だから過去記事とかも幾つか読ませてもらってるんですけど、感想をお伝えしたこともなく。

 

それで前置きのように長々と書きましたが、創作物だったりの感想は書かせてもらったことはあるんですけど

グループ参加していながらグループの中から読んだんですよ、感想です、っていうのを

いくら色々理由があっても一度もやってないっていう、そのまま解体ということになったらなんだか参加しといて自分になんだよってなるなと思ったので

 

もうぜんぜん違うよっていう場合は怒られてもいいので、申し訳ないって言うから
書きたいことを書こうと思って

ちょうど、グループのことを読む前に、のちょうど、ブックマークしていた

←ズイショ→ id:zuiji_zuisho さんの記事


二カ月連続の13日の金曜日 - ←ズイショ→

 


これを読んでね、わしはとても、あぁ、と思ったんですよ。という感想を書きます。
すごい読み間違い(誤読ということです)だったらマルチーズに噛まれるか自転車のカゴにフンを入れられていいですけど
これは「13日の金曜日」について書かれた記事なんですけど

 

「うわ、13日の金曜日だ!」って全く同じリアクションしてることに違和感はないの?13日への金曜日へのリアクションが形骸化してはいませんか?踏まえよう!マジで!

 

だから私も「13日の金曜日」のことについて書くんですけど、そうなんですよ
13日の金曜日だなぁ」ってやっぱり思って、私が騒がないのは単に私が騒ぐことじゃないからなんですけど
でもこれが「2002年2月22日2時22分」だったら
もしかして騒いじゃってたかもしれない。うわ、って思って、でも「今日は2002年2月22日ですもうすぐ2時22分になります」って形骸化しちゃってたらそれはもう「はいはいはい」と大差なくなってしまうなぁって。

それでこの場合は「2022年2月22日22分」が来るまでもうまったく考えないで忘れてていいような気になっちゃって
「2022年2月22日22分」が来た日にはまったく同じようなリアクションして

 

「今日はそういう日だから」という事実のみに反応して、一喜一憂して感情を消費して、気持ちよくなって、そうしてまたすぐに忘れていってしまうの?

 

 

気持ちよくなっちゃってたかもしれないなぁ、と思いました。

13日の金曜日」は一ヶ月ですが
「2022年2月22日22分」だったら20年だよ。20年も忘れてる気だったらもうずっと忘れてるんと同じやん。
でも「2022年2月22日22分」が来たら、うわ、ってリアクションするんだったら、忘れてるふりだ、それかやっぱり忘れてていいと思ってる。
今騒いでなくても、してないって言える?どっかにそういうの自分の中にぜんぜん無い!って昔の中国の店員さんみたいにとにかく何でもすべて無い!って言い切れるかな?今してなかったとしてもしない保証もできないんちゃうかなぁと思う所を
ギュッとね、おし、うん、と帯を結ばれたような気持ちになりました。


だから、その日のことをわしも毎日は難しくても時々でも少しずつでも、考えていよう、って、それで「2022年2月22日22分」が来たらまた思えばいいじゃないって、薄らぼんやりをクッキリはっきりさせてくれたんでもう一回自分の中に入れとこって、

結びはまるきり小学生の感想文ですが、記事を読んで思いました。感想でした。

 

 

 

 

あとあんまり恥かしいので黙っとこうって言えないって思ってたんですけど、私昨日ね朝はちゃんと木曜日だって知ってた。昼も。だけど夜になったらなぜか金曜日になってたみたい、って昨日「皆様も良い週末を。」って書いてたから、後で気が付いてあああってなってお寺の鐘みたいに恥かしいの反響してごおぉぉぉぉんて恥かしさに痺れていました。

今まで金曜日に行ってた所を木曜日になって初めて行ってたっていうのもあるんでしょうけどね。

あー恥かし、なーにが良い週末をだよ木曜日に…と書いておいて

 

あらためまして、まだ不安定な気候続く地方もあるようですが皆様も、良い週末をお過ごしください。

 

 あと噛む時は目だけは勘弁してくれると幸いです。