六月に雨が

You should take your umbrella.

face

 

 

 

 

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この人たちがとても好きになって、うふうふ思いながらあっちからこっちから…撮っていた。人じゃないけれども。なんか愛らしかった。

 

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しゃちほこの顔の部分ではあるんだろうけれど見立てがあってるのかどうかもよくわからないけれど、正面から見ているとなんだか困ってる、困り顔しながら身を寄せ合ってる親子のようで、横から見てみるとそれなりにぐわっと歯を剥いているようにも見え、威厳もあるけれどどこか素朴、

村人に親しまれている村の守り神です、という感じのお顔がよくてなでなでしたくなった。

古いものだからそれでなくてもひび割れていたりして、余計にすり減らすのもなんなのでなでなではしなかったけれど。

でもこれこんな所に野ざらしのように置きっぱなしでいいんかいな?どーしてこれこそ中に保存・展示していないんだろう?とちょっと思ったけれど

この位置にあるのも妙にしっくりきているわりにぜんぜん「いらっしゃいませ~」って顔していないのもなんかいいので、木漏れ日差すままこの場所にずっといて欲しい気もする。

 

 

 

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しかし5月も早い、ゴールデンなウィークあったせいかしら、えっもう18日?…と思う。

春の不安定な気圧が去ったと思ったらもうじきに梅雨時の不安定さに突入するの?という感じもしてきている。

体調に影響するのでやだなーと思う一方、もう咲かないんじゃないか?と思い始めていた紫陽花に数年ぶりに蕾がついて喜びもあり。

 

 

 

NHKBSプレミアム「たけしの“これがホントのニッポン芸能史”」再放送されていたのを録画していたのをやっと見た。

いろいろとおもしろかった。晴乃チック・タック、とかさすがに知らない…と思うけれど顔に見覚えある…と思ったら高松しげおだったのか。

子供の時からテレビで見ていて好きだったのは夢路いとし・喜味こいし宮川左近ショー、祖母に顔そっくりな中田ダイマル・ラケット(両方の祖母がそれぞれに似ている)

関西は寄席やホールのテレビ中継も多くて、まだミスハワイも「あ~い~や~」と現役だったし、フラワーショウやちゃっきり娘の音曲漫才、今では完全に絶滅している漫才かもしれないどつきを超えたどつき漫才で夫婦漫才の正司敏江・玲児など

着物の裾をからげてとび蹴りしていた敏江ちゃん。

なぜド付き合いをしなければいけないのか?そんなもの芸じゃないと言われたところで
生傷絶えなかったというほどどつき合い、フッ飛びあう二人に爆笑させられていた。あまりに凄まじくて笑える、という理由だったとしても。

他にあんまりいないといえばチャンバラトリオも…と思っていたら正式に解散というニュースになっていてあぁと思っていたけれど

 

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トリオと名前についているけれど人数は色々だったけれど、記憶に色濃く残っているのは、南方の頭と鬼瓦みたいな強面の山根さんに、新喜劇のヒロインの一人だった片岡あやこと結婚していてハリセンでようしばかれていた伊吹太郎と、結城哲也の4人組だった頃。

元は二枚目だったのかな?と思う、太っているけれど愛嬌と色気と、どこかおかしな凄みがあって、ああいうどこかに物騒さや陰りのようなものがほのみえる人も昔はいたな…と思っていたら解散発表の場に来ていたゆうき哲也はもう、そのまんまやないか、という感じの人になっていた。絵に描いたような危うげな芸能関係の人…(内実は知らない単に見た目の話です)

 

大昔、どこだったか大阪のビルの階段でバッタリ会ったことがある。
ロッキーでも走ってきそうな階段やな、と話していたら、本当にロッキーのようにトレーニングウェアで、ちょっと重そうな音を響かせながら走ってくる人がいて
すれ違いざま思わず軽く、あ、と頭を下げたら、よ、と片手を上げて、はっはっ言いながらそのまま走り下りていって、あ、チャンバラの…と

テレビや劇場で見ている顔をふと街中なんかで見かけると咄嗟に「知ってる顔」というだけで反射的に挨拶をしてしまうことがあった私は、誰でも知り合いみたいに話し掛ける関西のおばちゃんという話をぜんぜん笑えないかもしんない。

 

生で見たのはやすきよ。はじめて見た時はやっさんがお留守で、きよし師匠と海原お浜・小浜の小浜さん(やすよ・ともこのお婆ちゃん)と二人で営業に来ていたのだった。でもきよしさんはきよしさん、あのまんまの感じで「賢そうな顔して、ハイ、ぼくはお幾つですかーっ?」と力いっぱい言ってくれた…

後日見たやっさんが帰ってきてからの漫才では、目玉をひん剥いて汗ダラダラ流しながら動き回って、起こす笑いが満員の客席を一つの生き物の腹のように波打たせていた。

おもしろいのは当然おもしろかったんだろうけれど、終わって出るお客さんたちが「楽しかったなぁ」と口々に言っていたのを覚えている。見た、というより体験したという感じだったのかもしれない。

生で見てその頃の若手でおもしろかったのはサブローシロー
ネタはもちろん客いじりから何からその場を掌握していたシローさんは、しかし気難しい人だったらしく出番が終わると影のように消え、いっぽう客も居るロビーで平気で彼女か誰かと差し入れの弁当食べながら「熱が下がらへんねん」とかべらべら喋っていて、
誰かにサインしてと言われたら二人ぶん「サブローシロー」と一人でサインしていたのが気さくな兄ちゃん、っぽかった太平サブローだった。

さんまちゃんはすでに人気者だったけれどまだ大阪の舞台だけでなく営業も出ていた。愛想は悪くないけれど気がつくとすーっと一人でどこかへ消えていくようなところがあったような気がする。

漫才ブームの頃若い女の子がもの凄い殺到していたのは、引退してしまった方。若い人はうそ~ん、と思うかもしれないけれどラジオ番組やなんやでガッチリと若い子のハートを掴んでいて、掴まれた友達がファンクラブに入っていた。
会社は関係なかったのかもしれない、ミニコミのように手書きの紙をコピーしたような会報には、今度東京のフジテレビで番組の収録があってうまいこといったらレギュラー番組になる、全国ネットへ進出や、というようなことが熱く書いてあったような覚えがある。

その番組は毎週放送される大人気番組になり、あの方も出ていたけれど、関西からあの番組に出てほんまに全国的なスターになって大成功したのはどちらかといえばさんまちゃんのほうだった。

 

 

そんなどうでもいいあれこれを思い出しましたが、ビートたけしの話は特に意識せずに見て笑っていたものをなるほどなぁとわかりやすく理解出来て、また別のおもしろさを新たに感じた。
渦中にいた人でもあり客観的に見ている人でもあるからか、分析のような話もすんなり入ってくる。年代ごとや色々細かく分けたのでもいいのでもっと聞きたい、また見たい番組でした。

所さんの軽~い相槌、助手役も絶妙だったのでまたあのコンビで見たし。

 

 

 

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