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六月に雨が

You should take your umbrella.

Hydrangea

 

 

 

 

晴れた朝。

 

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雨の一日。

 

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やや極端なれど雨が降る時はある程度降り、合い間にスコーンと間抜けなくらい晴れる。梅雨としてはまぁまぁ梅雨らしいんじゃない?と思う梅雨が続いております。

雨になる前、じわーっと高まった湿気が身体の内側までぐんぐん入り込んできてベタベタで温い洗濯物になったような気がして、これはもう気持ち悪いけどぐったりじとじと乾くのを待つかしないんだなぁイヤだけどなぁ・・と身体が言ってるけれども、

六月、雨が降り、紫陽花は咲き、水無月を食べ、猫は外に行けないとにゃあにゃあにゃにゃあ果てしなく文句を訴えているかやけにベタベタベタベタ甘え倒して迫りくるかしと思うと、カッと晴れた日にはいつの間にか涼しい場所を独自に見つけてはぺたあと一人しなだれるように座り込んでいて「人間なんてまったく見たことも聞いたこともないわ。暑いから悪いけど近寄らないでくださる?」とでも言いそうな顔をしているのだけれど

それはそれとしてでも、うん、そんな悪くはない。

そんな感じに六月は過ぎていく。

 

 

そういえば「ああもう六月ってもう一年の半分が・・・」というような話を書いていた人がいたのを読んだのだけれど、読んで

「で、でも3月からはまだ3ヶ月しか経っていないですし・・・」と、それはそうだけどそれがどうした?とまったく意味のないことを咄嗟に思っていた。

そう思うことで、光陰矢の・・・ともう言い飽きたのについやっぱり感じてしまう心理に少しは抵抗を試みよう・・・とかしていたのかもしれない。

しれないけれど結局一矢報いるどころかまったく意味の無いことを捻り出してしまう頭ではもう「アホじゃアホじゃ梅雨にヤラレて糸瓜の如くスっカスカのアホ頭じゃ!」とか叫びながら大通りに飛び出して都合よくちょうどそこに現れた群集に入り混じり「ええじゃないか」運動に飛び入り参加、お札まき散らしながら「ええじゃないか、ええじゃないか」踊り狂って行ける所まで練り歩いたほうが「ええじゃないか」かもしれませんが

いやいやでもしかしだけど、そこまでは悪くないんだってばこの六月も梅雨も。

じっとー、もしくは、カッ、と好熱な日はぐたあーとゾンビ化(命もないけどただ動く)しているけれど、スカッと晴れる、あるいは雨でもしとしとしっとりしとぴっちゃんで冷んやりするね、くらいの日には「好舒服」呼吸も気持ち良く夜もスヤスヤ心地よく寝過ごしそうになるくらいスヤスヤスヤスヤ寝ている。

ただ、それらをもたらす気候が紫陽花の写真にも表れているくらいに極端で、忙しなく湿度も気温も入れ替わり立ち代り上がったり下がったり・・・が「差很多」過ぎて「間(あいだ)」がない。

それだけ。

だからやっぱり、うん、そう悪くはない六月だったなぁと思ってる月末でした。

 

 

短歌は、今月のお題は見ましたが今回はちょっとゆっくり書きたいのでゆっくり書こうと思っています。そしてまた明日あたりから突然ドドドドと読んでいるブログに読みに訪れでしょうと思います

では、今日は雨もあったけれどどんどん暑くて、もう眠くなったので電気を消して静かにDVDを見てから寝ます。

暑い夜に汗かき過ぎたりでひく風邪もあるってさ、夏風邪はけっこう苦しい、暑い最中にそれ以上に体温が上がっちゃうんだもの、それでなくても疲れがたまったりで安そうな気候ですので、みなさまもご自愛ください。

 おやすみなさい。

 

 

関係ないんだけど短歌で思い出したので

 

 

張艾嘉 Sylvia Chang 短歌

 

作詞はジョナサン・リー(李宗盛 )。

 

” 青春 それは静かに止まって去っていった 私がどんなに離れがたいかも構わずに
じつは私も知ってる それは 十分に長く私と共にいてくれたことを

愛情もはっきりとしないものに変わった いつから とっくに飽きていたんだろう
私はあれらの良かったことを覚えている なぜならとても 得がたいものだから

失くすことと得ることが交錯し 私はとても短い歌を書く "

 

そんなようなことを歌ってる、日本の短歌とは関係なくほんとにそのまま”短い歌”ということだと思います。たぶん。

でもシルビアの、華やかで煌びやかな女優というだけでなく、たった一人子供を連れて右も左もわからないアメリカへ行って映画作って監督し始めたり・・なんていうかめいっぱい生きてきた(いっぱいいっぱいじゃなくて生きることをめいっぱい生きるみたいな感じ)シルビアという人の青春が去った後の心境というようなものを、ホントに短いシンプルな曲なんだけどなんとなく勝手に感じてしまうような歌、好きだなと思います。

 

 

 

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