MAD探偵 七人の容疑者
原題:神探 2007年香港
監督:ジョニー・トー(杜琪峰)ワイ・カーファイ(韋家輝)
出演:ラウ・チンワン(劉青雲)ラム・カートン(林家棟) アンディ・オン(安志杰)ラム・シュ(林雪) ケリー・リン(林熙蕾)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
ジョニー・トー監督が贈る犯罪アクション。張り込み中の刑事が失踪し、彼の所持していた拳銃で強盗事件が発生。特別重犯罪捜査班のホー刑事は暗礁に乗り上げた事件を解明するため、元刑事のバンに協力を要請する。
「MAD探偵」という邦題がぴったんこ。サイコでサスペンスでマッド。
…でも探偵が、事件が、だけじゃない…すべてが、かもしれない。
ホームズに代表されるような名探偵や、推理の名手と呼ばれる人は、ちょっと奇妙というか、凡人である周囲の人々からは容易に理解できない、天才、異才ならではの突飛な言動が一種の奇人変人のようで、一見クレイジーに見えるけれど…と
そういう”けれど”のマッドかと思っていた、見るまでは。
とにかく へんてこ…見てると頭がクラクラしてくる。クレイジーな映画。
(ネタバレなので以下はたたみます。ネタバレ見たってわかる映画でもないかもしれませんが)
犯罪者の心理をなぞるように追う、その心がまるで見えるように事件を解決…そういう話もけっこうあると思うけれど
この映画の主人公・バン元刑事(陳桂彬)には本当に「見える。」
冒頭から、事件を解決する為に自ら犯人や被害者になりきって状況を再現しているのは、まだ理解できるけれど、そんなことよりもうすぐに
ぎゃあ
思わず変な声が出る、ショッキングとしか言いようのないことはするし
犯罪者の心の中で事件を起こさせる「別の人格」がこの元刑事にだけはハッキリと「見える」それがそのままに「映し出される」。
人々の顔、光と闇が物語る、すばらしく緊張感あふれるサスペンスフルな映像で
明らかにバランスを欠いているだろうバンの言動、そのバンの目に「見える」ものすべてを見せられていく…
タイトルにある「七人の容疑者」。失踪した刑事の相棒だった、容疑者は高志偉。
ふてぶてしさ、憎たらしさと背中あわせの弱さ、情けなさ…じわじわと、演じるラム・カートンの個性的すぎない存在感とあいまって、とてもいい。
でも、ふつうなら彼の演技だけで見る、私達に見えることはないはずの、容疑者の内面に存在する
「七人の人格」がこの映画ではハッキリと「見える」ものだから…
見た目には何ひとつ共通点もない、性別まで違う女性人格、チンピラにおっさん…まるで統一感もない「七人」が容疑者の周りをかこむようにして集団で歩いてくる。
容疑者に合わせて全員が口笛まで吹きながら…
あまりに奇っ怪で、笑ってしまった。けれど笑っていると、そのまま自分の箍が外れてしまうような気がしてくる。
バン元刑事がボサボサとした髪に、痩せこけて、血走った目と無精ひげ
見てるだけでキリキリしてくるような風貌で、その「七人の人格」たちとそ知らぬ顔ですれ違う…
一瞬、息を呑むシーン…のはずなのに
もう…どうしよう?
主演のバンを演じるのはラウ・チンワン。この映画では不安定な精神状態がそのままに表れているように、心なしか一回りいつもより線が細く、頼りなく見えて
スゴイ解決能力はあるけれど、それがもう才能か欠陥かわからない…と思ったらじきにハッキリ言われている「才能なんかじゃない!●●●●よ!!」
どれだけ事件を解決し「神探」とまで呼ばれても、誰からも理解されず…
唯一彼のことを思い、気遣い…だからこそキツイ言葉もぶつける妻(ケリー・リン)を見つめる、
ラウチンのきらめく瞳がせつない。
見ていると、こちらも揺らぐ、不安になって、何もしてあげられないけどとりあえず一緒に泣こう…
…だってその妻もあなたにしか見えないんだもの…
何も見えていない、そんなものが見えるわけがない周囲の人々などおかまいなしで
自分自身の力に振り回されるように、事件を、謎を追いかけ、走り出したら自分でも止めることが出来ないような姿、尋常ではない光を宿し、自分にしか理解出来ない喜びに輝いたかと思うと
不安定に揺れる目に、こちらも振り回されて、揺さぶられながら、目が離せない。
他の誰にも見えない人格を相手に、ピリピリしたり揉めたり…そんなもの目の当たりにしていたら、いくら「神探」だって言われたって…最初は尊敬をもって近づいてきた、必死に彼を理解しようと試みていたホー刑事(アンディ・オン)だって、動揺しその信頼が揺らいでいくのも無理はない…と感じる。
それらすべてを俯瞰で見ているようなこちらの心のザワつきといったらない…
理解したくてもできない言動ながら独自の推理を展開していくマッド探偵・バンに、
それでも心の底を見透かされたように、焦り、追い詰められ、だんだん露になっていく容疑者・ゴウの凶悪な顔。
事件の謎も解き明かされていくのだけれど…
容疑者だけに限った話ではなく、このバンには他にも様々な人の人格が「見える」ものだから…
もう画的には大混乱…どんどん奇っ怪になっていく、のだけれど
この混沌、混乱は人の内から現れる。それが「見える」バンの悲しみに、混乱を露にしていく人々は?見える彼だけが果たしてMADなんだろうか…?
グラグラと揺さぶられつづけたものが、大きくひっくり返されていく気がした。
人格の一人、食いしん坊のおっさんはジョニー・トー映画の常連俳優ラム・シュで、うれしそーにレストランで料理を注文しているのがほんと似合う。ええなぁ。ラム・シュを見ているだけで、ちょっと心が和みました。
キテレツさに胸がいっぱいになる映画だけど。
でも喉元までご馳走が詰まってるって言ってるのに、まだフルコースを「どーぞぉっ!!」ってテーブルいっぱい、サービス満点に並べてニコニコされてるみたいで…怖い。
この映画を撮ったジョニー・トーがニコニコしてると思うとなお怖い…
予告からも見当もつかない…本編を見たら仰天。
「何じゃこれは」と言いながら、ぞわぞわぞわ…
あまりの奇妙な味わいに、もうたくさんなのか、もう一口食べたいのか…どっちなのかわからなくなる後味。
予告のサムネイルが…ブラ~ンってぶら下がってるのが、サイコでサスペンスでマッドな映画らし過ぎるので、少し開けます。
予告そのものはたいしたことないですが、苦手な方は見ないでください。
ぶら下がってるのはラム・シュではないよ。
この予告だと「多重人格の」ってまるで容疑者や事件がマッドのようだけど
内容はほぼ似たようなものだけど、現地版予告のほうが映画じたいのMADっぷりはちょっとだけ感じられるかもしれません。
キテレツな味に消化不良を起こしそうになったら
香港の町、スリ集団の男達と、彼らの元に迷い鳥のように飛び込んできた一人の女。
抑えぎみのトーさんの美学が光る、爽やかな後味。
娘を殺された男が復讐の為に訪れたマカオ。仕事を依頼する殺し屋たちとの間に芽生える奇妙な友情のようなものと、少しずつ記憶を失いつつある男の復讐劇___
最後に見せる静けさが美しく悲しい。こっちでは憎々しさが光るサイモン・ヤムまで、誰もが愛しくなる。
でもねぇMAD探偵、チンワンもいい、よかった。しばらくめまいのようにクラクラしそうな映画だけど。
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